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出産話

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やっとパソコンに向かえています。

ちょっと前まで具合悪かったもので。えぇ。

詳細↓
8日の夜に足の付け根に激痛が走り、夜なかなか寝付けず3時過ぎまで一人で起きてました。

9日の朝6時、明らかに本格的な陣痛がやってきたので、仕事の段取りをしなくてはいけない旦那にはとりあえず会社に行ってもらい、姑さんに会社を休んでもらって、タクシーで息子を連れて3人で病院へ行きました。

受付を済ませ、診察してもらって子宮口が3センチ開いていると言われ、即入院に。

姑さんに息子を預けて私は一人で陣痛室へ入って行きました。

分娩用の寝巻きに着替え、陣痛室でうなり続けました。
「一旦帰る」と報告をしに息子を連れて姑さんが陣痛室に来た時に、息子が泣き喚いていて、可愛そうになっちゃいました。

しばらくして、旦那が会社から来てくれて、病院で行き会った姑さんと息子を家へ送ってくれた後、また来てくれて何時間いたのか分からないけど、私と一緒に赤ちゃんの心音を聞くモニターを見ながら私の手を握ってラマーズ法をやってくれて、私も旦那と助産師さんと一緒に陣痛に耐えていました。

お昼ごはん。
陣痛室に来たお昼ご飯のうち、おにぎりを2コむさぼり食い、また陣痛に耐え続け、
晩ごはん。
もう食べる力もヘロヘロの私に助産師さんが「いきむ力をつけるために食べて」と食べたくないのにサンドイッチを食べさせられ、ジュースを飲ませられ、ブドウゼリーを流し込まれ、耐え続けて気が付けば夜10時。

旦那は陣痛室を出たり入ったりして色んな人から「まだ生まれないのか?」という電話に応えるために電話をしに行ったりしていました。

旦那が一旦帰ることになり、私も了解し、旦那と離れ、一人で陣痛に耐えてたころの診察で、子宮口がやっと10㎝に開き、分娩台へ車椅子で移動しました。

分娩台へ移動したあたりから微弱陣痛になってしまって、なかなか赤ちゃんが出て来ず、陣痛誘発剤5mlを点滴に足され、まだ弱いままだったので、最終的に誘発剤を6本打たれ、助産師さんに赤ちゃんの様子を診てもらったところ、赤ちゃんの頭の向きが横に向いてしまってなかなか出て来られないんだ、と告げられました。

その上、息んだ時に赤ちゃんの入ってる袋と頭が少し見えるのに、また中へ戻ってしまう為、恐らく首にへその緒が巻き付いているんじゃないかと言われました。

このままでは赤ちゃんがうまく出てこられないから、「頭の向きが変わらなければ、吸引分娩をします」と言われたので、それじゃ赤ちゃんが痛い思いをする。と思い、陣痛が激しい中、イメージですけど、私が寝返りとかすれば、赤ちゃんも向きを変えるんじゃないかと思って、身体をよじってみたりしてました。


治った!奇跡!

そこから本格的な出産準備に入り、足を台に縛り付けられ、助産師さんが集まり、先生も来て本格的にいきむことになりました。

・・・本番の様子は、あまりハッキリと覚えていません。
とにかく、(この子を産んだと同時に私はきっと死ぬ)と思いながらいきんだのを憶えています。

今までにありえない力と激痛。
分娩台を壊さんばかりの力と、声を出しちゃいけない息みの時に出てしまった唸り声。

多分ありえないことが全てMAXになった時に先生の声が聞こえました。
「赤ちゃんが出て来るよ!下を見て!」と言われ、苦しいのに頭を起こして自分の股の部分を必死こいて見ました。


出た!人間!
午前4時30分!所要時間22時間30分!

口がデカイ!
これが最初の印象でした。


何て幸せな気持ちになった事でしょう。
前回帝王切開だったので、子宮の方の傷口が無事か確認する為に先生が私のお腹の中に膣から手を突っ込みました。
今考えたらありえない。。。
穴から子供が出やすいようにと切られたところを縫われたり、その先生は医長なので、研修医に縫合を手伝わせたりする為にみんなで私の股を覗きこんで話をしていたり…。

今考えたらありえないことだらけですが、私は股をおっぴろげながら、勝手に幸せな気持ちになっていたので、そんなのどうでも良かったです。

身体をキレイにしてもらった息子を私が寝ていた分娩台に連れてきてもらって、出産直後の記念写真を撮りました。
足型も撮ってもらい、分娩台で受けとりました。
初めての母乳もあげました。

五体満足の元気に泣き喚く男の子。

長男は帝王切開。術後の回復がつらい出産。
次男は経膣分娩。死を覚悟しなくてはいけない痛み。

出口が違う私の息子達。
でも、次男は長男の新生児の時の顔にそっくりです。

どちらもとても大切。
私と旦那と神様が創った人間2つ。

イライラして怒鳴ったり、叩いたりすることもあるけど、これからも息子達を大事に育てていこうと思っています。

旦那も相手をしていないと大人げなく一人で怒ってイライラしたりする、経済力のあるでっかい、でっかい息子…かもしれません。

早く身体を回復させて、子育てを明るく乗り切り、早く家族の役に立てるように「母ちゃん」は頑張りますです!

出産を2種類経験できて幸せだ!
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生還

ホントに生還できて良かったね・・・
実を言うと引越しで疲れてて、ここを読んでたらあまりに辛そうで息苦しくなってきちゃって、全部は精読できないんだけど、でもでも、よく頑張りました、お疲れ様でした。
まだまだ体力奪われるような日々が続くだろうけど、ママの幸せが家族の幸せ。幸せになってね。

本当にお疲れ様でした。

22時間もの分娩・・・本当にお疲れ様でした。

私も入院したはいいけど陣痛が弱くて階段昇降しろと言われ
ひたすら旦那さんと二人で施設内の階段を痛いのに上り下りしてなんとか出産することができました。
分娩室に入ってからは特に死んでもいいと思えるような痛みですよね・・・。
あんなに痛いのに気を失わないのが不思議でした。

ほんまにほんまにほんまにお疲れ様でした!!!!
お母さんは偉大です。

こんばんは。

>mikさん
ありがとうございます。
長々と生々しい文章をすみません!息苦しくさせちゃいましたね…。
お疲れなのにコメントありがとうございます!

私も幸せな顔してられるように頑張ります!


>ひよりさん
階段の昇降?
つらい! 私は陣痛室にいるときからトイレにも行けませんでした。

そうですよね!気を失わない自分が不思議ですね!

ひよりさんも頑張ってくださいね!
目指せ!偉大な二児の母!

おめでとうございます!!

自分の始めての出産の時のことを思い出して、
ちょっとうるうるしながら読ませていただきました。

死を覚悟するような痛み…長女を出産するときはきっとこのまま自分も赤ちゃんも死んでしまうんだと思うような痛みでした。
痛くてつらくて、でも誰にもその痛みは緩和してもらえなくて
あのときほど自分ががんばらなくちゃいけないんだと思ったことはないかもしれません。
むしろそのときは頑張らなくちゃなんてぜんぜん考えられなくて
とにかくもうこの痛みから解放されるために、早く赤ちゃんを体の外へ出してしまいたいというのでいっぱいいっぱいでした。

自分のことばっかり書いてしまいましたが、本当にお疲れ様でした。

>しのさん

早く赤ちゃんを身体の外へ出したい!気持ち!
そうです!

私も助産師さんに
「早く出したい」と陣痛の合い間に訴えてました。

あの痛みを経験できて本当に良かったと思っています。

これからは「子供を産んだ時の痛み」とそのときのつらい出来事を比べて、今までより少し我慢して何か出来るような気がします。

おつかれさま

まずはおつかれさま。
大変だったね。
うーん、ナイスベビーです。
出産は一人じゃ心細いですが、いい旦那さんといい姑さんのサポートあってのものですね。むろん、生まれてきた子にはご長男同様、最大限の愛情を注いであげてください。
またブログの幅が広がりそうですし、子育て日記も増加しそうですね。まあ、体調次第と暇次第でしょうから、ゆっくりとやっていきましょう。
ではまた。

>風邪さん

ナイスベビーありがとうございます。

これからも暇を見つけては愚痴と子育て日記と良い事を書いていきたいと思います。
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ギョリ育児です!
日記つけるの大好きです。

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